日時 | 宿場 | 天候 | 所要時間 | 歩数 | 距離 | 交通費 | |
2002年6月17日 | 箱根−三島 | 曇り時々雨 | 7時間55分 | 44799歩 | 33.6km | 1950円 | |
![]() 石畳の残る旧街道入り口の看板。 ![]() でその石畳 ![]() 県道を避けハイキングコース。しかし・・嫌な看板だ。 ![]() ハイキングコースを抜け県道を渡ると割石坂 |
というわけで10時25分に三枚橋をスタートしたものの前日寝る前に飲んだビールが災いして10分余りで汗まみれ。 歩道の無い県道をヒィヒィと我ながら情けなくなるような息を漏らしつつ進んで30分余りでようやく最初の石畳。でもあっという間にまた歩道無しの県道に戻ってしまう。スタートから約1時間で須雲川自然探勝歩道の分岐で悩む。本来の東海道は県道・・・でも自然探勝歩道のほうが大回りだけど歩いていて気分はいいよなぁでも看板には 500m先増水時通れません。 とかなりリスキーだが県道をそれて須雲川自然探勝歩道を進み、須雲川の河原に出たところで休憩。確かに岩に丸太渡して橋の代わりにしているだけに看板の通り増水したら渡れないようだ。 でズルズルすべる丸太の橋を用心深く渡り須雲川を越えて坂をしばらく登り県道を越えると石畳の残る割石坂。 何でも昔、曽我兄弟が刀の切れ味を試すためそこいらの岩を斬りつけたら見事真っ二つに割れたのが由来だそうだが・・ 曽我君の刀は斬鉄剣かよ。 でここも石畳だが常に足元に注意して歩かないといけないので結構しんどい。まぁ歩くならともかく駕篭に乗ったら間違いなく酔うな。 | ||||||
![]() 畑宿一里塚 ![]() 甘酒茶屋付近のイヤな看板。 ![]() 箱根馬子唄の碑もう少しで元箱根 |
まぁ三枚橋をスタートして1時間40分で畑宿の一里塚。これから先は難所の七曲がりだし、またまた休憩。で階段やら急勾配を越えて息も絶え絶えになりながらようやく辿り着いた甘酒茶屋で薬草入りのお茶でドーピングしつつ甘酒と力餅(黒ごま)をやっつける。とてもおいしかったが車に乗って食べに来たらこれほどおいしく感じないだろうな。等と思いつつ茶屋を後にしてもうひと踏ん張りするとやがて道は芦ノ湖に向かって下り始め途中には箱根馬子唄の碑と湿り切った木製のベンチが有ったので、「俺様は駅のホームだろうが道端だろうがどこにでもベタベタ座るパンク野郎とは違うからな。ラ・ムーのボーカリスト菊池桃子さんと肩を並べる正統派ロッカーだぜ。」と呟きつつ休憩。「ロッカーはひ弱なんだよなぁ」 | ||||||
![]() 元箱根〜関所跡の杉並木 ![]() やっとこさ箱根峠。 ![]() 箱根峠標高846m |
14時頃、ようやく杉並木の残る芦ノ湖湖畔にたどり着いた。三枚橋出たのが10時25分だろ・・・大丈夫か。で箱根と言えば関所ですが、なにやら発掘調査してますな。それと修学旅行の | ||||||
![]() 接待茶屋の碑 ![]() サイケな案内板。 |
そんなかんじで調子こいているとまたもや旧街道入り口を見落とし気が付くと接待茶屋の有った所。振り返ると近所の小学生達が書いたと思われる案内板。見所や道筋などを書いているようだがもはや案内図を遙かに通り越してもはや芸術の域に達しているためおいらには残念ながら良く判らなかった。さて15時をまわっているが17時三島入りの予定は無理そうだな。さすがに16kmを2時間では歩けない。こちらも石畳を再現復元発掘と頑張っているが・・石畳の隙間から雑草が生えるほど人通りはまばらの様です。まぁ時間も時間だし平日だしなぁ。いい加減足元気を付けながら歩くのも疲れたぞ。でも函南町や三島市は至る所に標識があるのでルート間違える心配もないが・・・80km位で流れているR1を横断するのは命がけなんだよなぁ。なんせ登坂車線含めると3車線一気に横断だし・・。 | ||||||
![]() こわめし坂。 ![]() 錦田一里塚 |
三島市に入り山中城趾で休憩。でこれでもかと続く石畳の道を下り、やっと住宅の並ぶ普通の道へ出て安心したのもつかの間、つま先が痛くなるほど激しく長い下り坂。案内板を見ると箱根西坂随一の難所”こわめし坂”だそうな。
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